『ビルマの竪琴』『東京オリンピック』などの映画で有名な日本の巨匠、市川崑監督が13日、東京の病院で肺炎のため亡くなった。92歳だった。

1948年『花ひらく』で監督デビューした市川監督は『プーサン』『野火』『炎上』『鍵』『黒い十人の女』『私は二歳』『雪之丞変化』など70本以上の映画を制作してきた。韓国でもよく知られているアニメーション映画の『銀河鉄道999』の劇場版の脚本も書いている。

彼は芸術的な技とさまざまなジャンルにわたった実験精神で有名だった。56年のベネチア映画祭で三条サン・ジョルジョ賞、60年のカンヌ映画祭では審査員特別賞を受賞した。2001年モントリオール国際映画祭では功労賞を受賞するなど、国際映画祭での受賞記録を多く持っている。

ディズニーアニメーションを見て映画監督になると決心した彼は、65年、彼の代表作『東京オリンピック』(65年)で旺盛な実験精神をあますことなく発揮した。停止画面技法を何回も活用したこの作品は、ドキュメンタリーの記録映画なのか芸術作品かをめぐって論争が起きたこともあった。日本国内のさまざまな学校と地方自治体で上映され、観客1800万人を動員した。この記録はまだ日本映画史上最大のヒット作として残っている。

市川監督の手帳には常に20作品程度の企画アイデアがびっしりと書かれているほど創作意欲が旺盛だった。同じ東宝映画会社出身の巨匠という点で故・黒沢明監督と比較されたこともある。一般人がたやすく近づきにくかった黒沢監督とは違い、市川監督は素朴で親しみやすいおじさんといわれた。

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